2009年4月アーカイブ

真面目な僕と、ふざけた僕との二重人格で、完璧という理想を追い求めている。

目標に向かって走り続けていないと人格が崩れ去ってしまいそうで怖いんだ。
夢を追い続けていないと生きている意味が無いような気がするんだ。
喜びを感じないと鼓動の連続性を感じることが出来ないんだ。

悲しみを知ることで人間的に強くなれる気がするんだ。


涙して、歯を食いしばって拳を握り締め、力強い一歩を踏み出さない限り生き続けることは出来ないんだよ。

狭いアパートの一室で延々と繰り返される朝と夜に、一人空虚感を覚えつつ考えることなんてみな同じなんだよ。疲労と絶望との狭間に過去の思い出に浸り、あの時選択を誤っていなければなんて嘆いたり、理想と現実との狭間に不甲斐ない自分を責めてみたり。希望と空間との間に想像を繰り広げてみたり。正しい選択を迫られた人間は決して正しい選択なんて出来ないんだよ。

だから自虐的に成らざるを得ないわけだ。

僕は肉を食らう。屠殺された肉を食らう。ほぼ毎日。殆どの食に屠殺された肉が並ぶ。
うんざりしつつも美味しくいただく。

だから「いただきます。」と言うし「ごちそうさま」と締めくくる。

牛だって豚だって鳥だって。卵だって。生命なのだ。
広義な意味では植物ですら生命なのだ。

僕は僕自身の命を継続させるために、僕自身の食に対する欲求を満たすために食らい続けるのだ。

目を背けてはいけない。感謝しなければならない。
生命を奪って、生命を維持することに。

桜、舞い散る。

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閉館ぎりぎりまで図書館にて僕は妄想を繰り返した。
白いバイクにまたがって何処か遠くへひたすら走り続ける事を。

現実の柵から開放されたくて、体は其処に置いたまま感情だけを遠くへと向かわせた。


信号は青だ。僕に進めと命じている。

より遠くへ、まだ見ぬ土地へと妄想を転がしていく。

道端に散った桜を巻き上げながら走り続ける。


季節は変わろうとしているのだ。既に変わっているのかもしれない。

その先に見える妄想の世界へと身を佇ませながら僕は鉛筆を転がした。

緑茶でものんでゆっくりしたらいいじゃない、カテキンを豊富に含んでいるんだしね。
いくら、よしんばよしんば言ったところで世の中から戦争はなくならないんだし、いつ死ぬかなんて誰も予言することは出来ないんだからね。


そういえば、ある時親父がこう言ってたっけな

「志を高く持て」

って。

うちに家訓なんてものは存在しないけれど、それ以来僕の中ではそのときの親父の一言が家訓だなんて勝手に決めたものさ。だから何事にも全力で取り組むし妥協はしないんだ。

そりゃたまには休む事もあるけどね。

そんなことを考えていたらいつの間にか寝る時間がやってきてたって訳さ。

だから僕は頭の中である言葉を思い浮かべたのさ。


「成長とはある意味、環境へ慣れることと同等なんだ」ってね。

2011年9月

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