2008年6月アーカイブ

与え続けられて

| コメント(0) | トラックバック(0)

気づけば何もやることが無くなって。
時間を持て余して、真っ白のバイクで当てもなく走る。

口笛を吹く。

人生で一度だけ「口笛上手いね」と褒められた時の事を思い出す。

なんとなく立ち寄ったカフェで、内装はどこか古風で20年前に既に時が止まっている様なカフェで
薫り深いエスプレッソダブルを舌の上へと滑らす。喉の奥へと流し込む。


何の考えも浮かばない。


之まで、全ての道を自らの決断によって選び、時には捨てることも覚え
言うなれば人生における決断とは季節風と同じく気まぐれなものだと思っていたが
全ては与えられたものだったのだ。

全ての決断は与えられたものだったのだ。

それに気づかされたのは「動」が延々と繋がり続けた空間を突き進んでいた中に
気まぐれに訪れた「静」に気づいた瞬間に、実は全ての事象がからっぽであった事以外の何ものでもない。

どうして僕が妄想するかと言うと、自己掲示欲が強いからだ。
至極客観的に判断してもそう言わざるを得ない。

いつの時代になっても変わらないものがある。
人生とは常に競争であり、争いを避けて通ることは出来ない。
我々は常に戦い、勝つことだけを欲し、より前へと進まなければならない。

進み続けなければならない。

たいして脳を回転させなくとも越えることの出来るハードルは多々あるが
余りにも高すぎるハードルを目の前にすると、足が竦み思考が止まる。
それでも毎日が怒涛のごとく過ぎるのだと思うと進まざるをえない。

競争とは立ち止まらなかったものが勝利し、立ち止まったものが敗北する。
もちろん生まれながらに持つ才能が影響する割合が殆どだが、それでも競争がこの世の中から消えることは無いわけである。

競争とはそういう類のものだと知ってさえすればよい。

だから夜になれば緩やかなテンポの音楽を聴いて、好きな作家の本を読み
洗い立てのシーツから香る、かすかな洗剤の香りを感じながら一時の安らぎへと身を委ねるのだ。

そう。完全なるマゾヒズムなのだ。

何かが変わるような気がして真夜中の0時に本棚から1冊の本を手に取った。
近所では一番大きな本屋で、目に留まった棚の目に留まった列の目に留まった作家の目に留まった本を片手で持てるだけの冊数を大人買いした本の中の1つだ。

早めに仕事を切り上げて、243ページまで読もうと決めていたけれど
それが終わってみて本を手に取ったのは真夜中の0時だった。


まだ今日という日は始まったばかりだ。


本のタイトルを視界の片隅に入れながら、一人呟く。
82ページまで読んだところで仕事着から部屋着へ着替えていないことに気づく。
スウェットに着替え、靴下とYシャツを洗濯機の中へと放り込む。
体が水分を欲していたので、冷蔵庫からミネラルウォータの500mlペットボトルを取り出して蓋を開ける。


半分ほど一気に飲み干し、また本へと視線を移す。


83ページを読み始めたところで、思いのほか脳が疲労していることを感じる。

そう言えば今日は(と言っても正確には昨日だが)多くの人と会話し、多くの感情に触れることでシナプスに幾度と無く電流が流れ、その度に脳がより正確に事象を捉えようと試み、その試みが流動的な絶対空間を作り上げた。

だから243ページまで読み続けるエネルギーは今の僕には残っていない。


心地よい疲労感と、込み合った神経細胞の狭間の中で今夜は良い夢が見れそうな気がした。

家具とか洋服とか、高性能の機械や腕時計
何一つ手に入れていないに関わらず物欲と聞こえるものには余り興味が無い。

でも、今の僕は猛烈に白い鍵盤と、黒い鍵盤を押せばハンマーが弦を叩き華麗な音色を奏でてくれる際限の無い黒い物体を欲している。(黒いものも白いものも木目模様のモノも多数存在して入るが)

今までも時々によっては物欲が存在し、それ相応のモノを手に入れたり手に入れることが出来なかったりはしたが
それなりのモノであれば殆どのモノが容易に手に入れることが出来る今、それを手に入れることは容易い。
要するに手に入れる気があるかどうかが鍵となる。

テンポ良く鍵盤を押し、ドとかファとかシャープとか言う言葉を脳の中で繰り返し反復し
脳が、時間が進み続けていることを認識することを辞めて
延々と繰り返される言葉の繋がりが、やがて時間にとって代わるまで僕は鍵盤を押し続ける。

今から音楽家を目指そうと奮起してもそれは無理な話しだし
ある種の競技でトップアスリートを目指すのもDNA的に不可能であることは目に見えている。


それでも数多もの人が、趣味と呼ばれる範囲で多くのことをやり続けているのは
完全なる自慰行為と言ってもいいと思う。

だからこそ重要なのは、技術が優れていることなんかじゃなく
脳の中で反復される言葉や音や感情や空間や敵対心や安堵感が自ら消化する事が出来る許容範囲でさえ在れば良いと思う。

そんな事を考えながら東京と言う街と予算とピアノの事を考えながら、お気に入りのラーメン屋へとバイクを走らせる。

2011年9月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30