近所の電気屋の入り口にあった電子キーボードが奏でる音に身を引かれて僕は「渚のアデリーヌ」と出逢った。
何度も何度も足を運び耳で音を覚え、小さな指で電子キーボードの鍵盤を押した。
曲の存在を知り、楽譜を手に入れて、演奏することを学び
子供ながら持ちうる感情の全てを鍵盤にぶつけることで自分が存在していることを意識しながら
体中の全ての毛穴が生を取り込もうとしている不思議な感覚に酔いしれた。
多分、感性が豊かになるために必要なことは
ボタン一つで電子的に作られた単音の連なりなんかじゃなく
幾度となく繰り返される朝と夜の間に妄想を繰り返すことで本当は訪れなかった未来を自分の引き出しの一つとして手に入れることなのではないかと思う。
混雑する道を少しでも早く前に進もうと急いでいる時こそ
自分が存在する場所を確認し森や木が揺れ動く風景や、道端に生える雑草や
何処からとなく香る匂いの根源を辿ればいつかまた回路にめぐり合えるのではないだろうか。
