1年の殆どを妄想に費やし、妄想の殆どは不毛の時間と化す。
でも桜の咲く季節だけは違う。
妄想することよりも、桜の花びらを数えることに時間を費やす。
花びらを数える時間の殆どが「今、桜の花びらを数え始めて何枚目か」思い出す時間と化す。
数時間もすれば桜の花びらを数えていた事すら忘れ。
気がつけば桜の花びらを数えている僕を想像している。
ソメイヨシノ?
桜の品種が何であるかは問題ではない。
いつの時代から其処に存在したか解らない桜の花びらが、僕が妄想に費やした時間を遥かに凌駕する時間をかけて変化を繰り返していることがなんとも神秘的で、60年代だか70年代だかわからない時代を過ごした現代の大人達が踊り狂った夜も確かにそこに存在し続けたのかと思うと…
興奮せずにはいられない。
