2007年10月アーカイブ

少し大きめの庭がある大きな屋敷の小さな部屋で、僕はピアノを学んだ。
才が無かったので、その道を追求することは無かったが
楽譜をある程度読めるし、鍵盤を順番に押すことであればそれなりに出来る。

僕の実家には茶色のアップライトピアノがあった。
たまに母が弾き、稀に姉が弾き
僕は時間を持て余した時、楽譜通りに順番に鍵盤を押した。

音と音が1つの曲に出来上がることは、とても心地よかった。


一度だけ、ピアノを弾くことを職業としている人の演奏を聴きに行った事がある。
地元の一番大きなコンサートホールで、左から4列目前から12列目のふかふかの椅子に座り彼の演奏を聴いた。

暫く知らない曲が続き、最後に知っている曲が披露され
聴衆は意図的に作り出されたスタンディングオベーションを演出していた。
その光景をは僕に言わせれば「滑稽」と言う以外の何者でもなかった

高度経済成長の時代に社会へ旅立ち
三種の神器と言われていたものは何処の家庭にも当たり前のように存在する時代に
何か他者と違うことをすることが、1つのステータスだと誰もが思い
誰と知らない人間が田舎の土地へ演奏をしにやってきて
そこで繰り広げられる演奏が素晴らしいかどうかも解らない人が何百人と集まり、演奏が終われば決まってスタンディングオベーション。


少なくとも僕は彼の価値を判断できる感覚を持ちえていなかったので
彼の演奏が素晴らしいのか、技術が突出しているのかなんて何もわからなかった。

この曲を聴けばあの冬を思い出すとか、あの曲を聴けばこの夏を思い出すとか。
この歌を歌えば常盤荘を思い出すとか、あの歌を歌えば清水寺を思い出すとか。

そんなに時間は経っていない筈なのに遠い昔であるかのような。

何かが起こるような気がして、京都駅の北口で一日タバコを吸ったり。
過去が変わるような気がして、皇居のベンチで一人。本を読んでみたり。

今日という日が二度と来ないことを知っていながら、時が止まるような気がして
「眠れない夜は寝なければいい」と自分に言い聞かせた若かりし頃。


教室の右後ろの戸から誰もいない廊下を眺め
今、僕が眺めている情景も、やがて記憶から消えて忘れ去ってしまうのかと考えたりもしたが
誰もいない廊下の事を今でもはっきりと覚えている。そこには何の変化もなかったのに。

変化が無いことさえも、今の僕を変化させてくれる。

2011年9月

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