2007年9月アーカイブ

僕がアメリカに住んでいた頃、一部の富豪とBarbershopを除いて、殆どの家にテレビは無かった。

Jakeはテレビを持っている数少ない富豪の一人だった。
僕は週末になるとJakeの家へ出かけ、一日中ビールを飲みながらテレビを見た。

彼は、どこの国で作られたか解らないビールが好きで
僕は安物のビールと引き換えにテレビを見る時間を作れたわけだ。
彼はビールとテレビが大好物で、その二つさえあれば何も必要としない。そういう人間だった。

彼の口癖はこうだった。
「僕はビールとテレビさえあれば何も必要としないんだ、時間さえもね」

「ある意味そうかもしれない」僕はいつもと同じ相槌をする。

彼はBaseballが好きで、誰それの投げ方が変だとか、守備がうまいだとか
僕は耳にタコが出来るぐらい同じ話を聞かされた。
ビールが無くなると彼は無言でベッドルームへ行き、そのまま音も立てずに眠った。
そのせいで後片付けはいつも僕がやった。

自由の女神が生きる国で、僕が出会ったJakeと言う人間は本当に変わった人間だった。
そのおかげで僕は色々な世界を見ることが出来た。

彼が結婚することを知らされて一番初めに思い出したのは
彼とよく恋愛について語り合ったことだ。

場所が何処だったかは正確に覚えていない。

彼が運転するストリームに乗って徳島の阿波踊りへ向かう車の中。
曲はRipSlymeのTOKYO CLASSICが流れていて、皆で手を叩いた。
行き交う人の流れに向けて手を叩き、歌い、体を揺らし、妄想した。

踊り狂って、名前の知らない飲み屋に入って
出口に一番近い席に座り、人を愛することとは何かを考え

笑って泣いて吐いて


そんなことを考えながら、白いネクタイを結び
真っ白なシャツに腕を通し、ピカピカに磨いたビジネスシューズを履いた。

何を語り合ったのかは覚えていないが、お互いの深い部分までさらけ出したことは覚えている。
彼は彼で悩みを抱えていたし、僕は僕で悩みを抱えていた。


それが2002年夏だったこともハッキリと覚えている。

2002年の夏から冬にかけて僕は色々なことを妄想した。
そのことは今でも大きな糧となっているし、そのことに関して話したら僕は何時間でも話し続けることが出来る。


そんな彼が彼の地元で、生まれ育った町で結婚し挙式した。

僕はホテルの窓から見える琵琶湖を眺めながらそんなことを考えていた。

夜の街頭の下を、かつて戦友だった友と3人で歩いた。
一人は思い出の曲を口ずさみ、一人は黒い靴下を履き。

僕は「県庁所在地は那覇」を連呼する。

靴下を履いて寝た夜から、ずいぶんと時間が経った。
あれからどれぐらいの時間が経っただろう。

僕らが歩く歩道に面した道路で、タクシーが1台客待ちで停まっている他には誰もいない。
今ではほとんど使われなくなった電話ボックスも、当たり前のように空だ。

徐に一人が呟く。


「ココの絨毯は綿」


相変わらず意味不明な男だ。

夜は静けさをまして、やがて睡魔が訪れて
次第に口数も減って、今日という日が終わろうとしていて
歩いていた歩道が終わりを迎えようとしていて、いつの間にかタクシーは消えていて
街頭だけが明るさを誇示していて

そしてまた誰かが呟く。


「今日の友情は永遠」と。

波長と広がる雲

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ある土曜日の朝、まだ太陽が地平線から顔を出していない刻に目が覚める。

読みかけの本を本棚から手に取り
挟んでいた栞のページを開き、読みかけの所を探す。

また脳は完全に動き始めていないし、寝相が悪かったのか左手が少し痺れていた。
窓を開け、まだ気温の上がらない外気を取り込む。

目を閉じゆっくりと深呼吸する。
僕は色々な状況において、それを必要としている時には必ず目を閉じてゆっくりと深呼吸する。

心を落ち着かせる意味よりも、酸素を取り込むことと僕が生きていることを実感するために。

物事を認識できる程度に脳が動き始めているのが解った。


ツクツクボウシが鳴きだした。


幼い頃から聴いていたリズムと同じだ。
南のツクツクボウシも、僕が今いる場所のツクツクボウシも
正確に3種類の鳴き方を、正確な順番で、正確な回数奏でる。

秋が来て、また冬が来る。

2011年9月

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