身に凍みる寒さ

| コメント(0) | トラックバック(0)
変化のない日常ほど退屈なものはない。
思考を巡らせる時間が不意に訪れた時に僕は音楽を聴きながら人生を振り返る。
ほとんどの場合が過去の出来事についての選ばなかった判断についての妄想だ。

未来の無い現実には興味が無い。同じことを繰り返すのではなく新しいことにチャレンジしていかなければならない。
人生は短いのだ。寄り道をしている暇なんて無い。

目的地へ到着するための最短の道を選択していくしか他ない。そうこうしている内に31年も時が過ぎた。
あまりにも時が過ぎすぎた。それでもまだ残された人生を時間を大切に生きていく。

大学の頃下宿先から見えた夜空が今でも鮮明に蘇る。

I'm here.

| コメント(0) | トラックバック(0)
親とぶつかり、教師とぶつかり。義務教育とぶつかり、友人とぶつかり。
正論は受け入れられず、異議を唱えることを否定され。論理的転換は杞憂だと揶揄され。
思考を巡らせることはうざったいと言われる。

楽天的に生きることが出来ればどんなに楽だろう。欲望に流されて未計画に振舞うことがどんなに幸せだろう。

正しい世界ではNOと言うことは正当に評価されるが、この日本において殆どの場合は生意気だと否定される。
社会に出たばかりの大人も、ポストについている重要な大人も根幹の能力は何も変わらないのに
コミュニティに所属している年数が長いことが正しいことであると言う間違った正義がまかり通っていることに絶望を覚える。

昔からそうだった。何をするにしても腐った正義が正当化され、本当の正義は見てみぬ振りをされる。

NOと言うと拒絶されるし、環境を変えることは逃避と言われる。
日本と言う国に生まれ誇りに思い、この国の人が本当に好きだが、この社会には本当にうんざりする。

正しいことを言うことの何が間違っていると言うのだ。間違ったことを正当化することの何が正しいと言うのだ。
曖昧模糊としたまま問題を先送りすることで何が得られるというのだ。
成功も失敗も行動せずには得られない。成功したいと嘆いたり失敗を恐れて臆病になったり。
人生は1度きりしかないと分かっていながら何も行動せずに1日また1日と中身のない日々が過ぎるのが一番虚しい。

環境に不満を覚えて去ったとしても新しい環境で、また新たな不満が浮き彫りになるのは目に見えている。
BecauseではなくWantで動かない限り全身もないし成功も失敗も無い。

このまま何も変わらず年老いていくのは糞食らえだ。

保守に回ることは現状維持であり、攻撃的に動くのは成功または失敗である。
だから現状維持でいいのであれば保守的に生きていけばよい。

でも成功へと進みたいのであれば日々を攻撃的に生きていくしか他ない。

弱さ、強さ

| コメント(0) | トラックバック(0)

いつからだろう、こんなにも弱くなったのは。
いつからだろう、志を高く保てなくなったのは。

いつからだろう、仕事が退屈に覚えるようになったのは。
いつからだろう、歳を取ると共に何かを失っているように思うようになったのは。

いつからだろう、他人を羨むようになったのは。


いつからだろう、眠くなったのは。


3時間本を読み続けて、読み終えるのに4ヶ月の月日を要した本をコレクションに加え、穴の開いたストックを補充するために近所の本屋にバイクを走らせ、目に留まった本を手当たり次第漁り、レジで「カバーは付けますか?」という問いに「僕はアメリカ生まれなのでカバーは付けません」と応え。買った3冊の本をバイクのトランクにしまう。
帰りに薬局に立ち寄りビタミン剤を手に入れ、信号の点灯と点滅との間に「妥協」の定義について想いを馳せる。


いつからだろう、何も感じなくなったのは。


救急車と踏切の音が今夜も鳴り響く。

東京駅前の広場でただただ佇む時間は僕にとって人生を振り返るために必要な時間だ。
行き交う人の中仰向けになって空を見つめる。ゆっくりとした雲の流れに時の流れを重ね合わせ人生を振り返る。
夜になると煌々と輝く月が自転と公転とを思い起こさせ、毒々しい匂いが欲望を連想させる。

最初は希望に満ち溢れていた。気がつくと道を見失って毎日が淡々と過ぎていく。
元気に生きて入れさえすればそれでいい。そう自分に言い聞かせる。自分は恵まれた環境に身を置いていると納得させる。

街頭の中ぶらぶらと歩く。
次第に人の流れは少なくなる。そして違う人種の人々が目に付くようになる。

ビルの屋上で夢を語り、アパートから夜空に向かって叫んだ日もあれば、夜の校舎に忍び込んでスリルを味わった。横断歩道で腕立て伏せをした日もあれば、後部座席で漫才をした旅もある。
友人の揉め事に旅した日もあれば、死を説得した駐車場もある。酒に溺れ嗚咽した小川もあれば、目的を失って自転車で走った川原町もある。涙した電車もあれば、目的のない旅もある。
理不尽さを覚える猿回しもあれば、過去について語り合った夜もある。

全ては僕なのだ。

宮崎も福岡も滋賀も京都も、そして東京も。どこに居ても僕は空を眺めそして人生を振り返る。
そしてまた妄想する。

トン汁

| コメント(0) | トラックバック(0)

Rip SlymeのHey brotherのPVを久しぶりに見て間宮兄弟の映画を思い出しながら女について考える。
お金の重要性に鈍感になって散財する。機微な感情に鈍感になって肉を食らう。

ラーメン屋で「私は、卵注文していないですよ」と大声で怒鳴る。
床屋で12mmのバリカンで刈り上げてくださいと注文する。

謙虚さや敬意や自制心や理性、我慢や忍耐を無視した人生は楽しいんだろうと思う。

やりたいようにやれが両親の方針だった。
NOと言える日本人と呼ばれることもあるが、これからは白いものを黒いと言う日本人を演じてみよう。

青空と共に気持ちのよい雲と太陽が見える。
地震で亡くなる命もあれば、自ら絶つ命もあり、新たな命への喜びもあれば、忘れられた命もある。
僕は今日も考える。人生とは何なのかを。そしてあることに気づく。

考えることで今ここにあるEverydayに留まっている事を。詰まるところ考えることを言い訳にして何一つ行動しないでいる。
行動しないで後悔するならば行動して後悔したほうがマシだ。
考えて行動しないのであれば考えることを辞めて行動したほうがマシだ。
機微な感情に右往左往するのであれば鈍感になればいい。

祖父は偉大な人だった。何もかもが一番だったし他界した後も祖母の心を掴んだまま離さない。
今もし生きてて僕が人生について相談したらなんと答えるだろう。

きっとくだらない質問だと一蹴されるに違いない。
其処に意味を求めるのではなく、自らが生きることで見えてくる世界だからだ。

祖父の30歳を妄想し、今の30歳と照らし合わせて時代の変化のスパイスを考慮したとしても、今の僕は胸を張って自慢できる状況ではない。

答えがまた一つ見つかった日。

普通に働いていて時には表彰されたり高い評価を貰うこともあるけれども、こんな僕も高校生のときは日本一のバスケット選手になるんだなんて強い思いを持って練習に取り組んだり筋トレをしたりマイケルジョーダンのプレイに憧れて繰り返しビデオを観たり、スラムダンクの世界に思いを重ね合わせて青春を過ごした。
思えば長い時が過ぎた。12年という長い時が。その間村上春樹の世界に浸ったり、起業を志して友人と共に活動してみたりしたがここ数年を振り返ってみるとバスケットへの思いほど強い思いを持って何かに取り組んでいたかと考えてみるとそれを超える何かには巡り合えていない気がする。
人生は単調の繰り返しで新しい世界を垣間見ることもあるが其処には思いなんてものはなく、ただ時が過ぎているだけだ。
30歳の春、僕は何かに対して強い思いを持っているわけではない。ただ現実に苦言を呈し己を正当化しているだけだ。
多くの本を読んだ、新しい友人も出来た。美味しいラーメン屋も知っているし、とろける様な肉の味も知っている。人との付き合い方も学んだし、取り組みによって達成する感動も味わった。社会人になって多くの人と仕事をし認められ、時には喧嘩をした。友人の結婚式に何度も足を運んだし桜の美しさも知っている。

だが何かが足りない。僕の人生には根本的に何かが欠如している。

一年後、それを見つけるためにアメリカに行こうと思う。

覚悟

| コメント(0) | トラックバック(0)

高校を辞めてデザインの専門学校に行きたいだとか、俺はバスケットがやりたいんだとか。
自分の息子を信じることが出来ない親なんて失格だと暴言を吐いてみたり。
人生における生きる意味は何かと問いかけてみたり。
絶対と必死なんて言葉は簡単に使える言葉じゃないと否定してみたり。

色々と過去を振り返ってみると俺って幸せなんだなぁとつくづく感じる。

ほぼ全ての判断を自由に選択させれくれた親に感謝。

大地震で揺れる高層ビルの38階で死が訪れたときに備えて遺書を書いた。

遺書を書きながらまだまだ両親への恩返し仕切れていないことを悔やんだ。
母に孫の顔を見せてあげたかったなぁと涙した。
父にこれまで見守ってくれてありがとうと言っていなかったと悔いた。
姉の顔も、祖父母の顔も、もう他界したゴンの顔も頭に浮かんだ。

遣り残したことがたくさんあることに気づいた。まだ死にたくないと思った。
死ぬ前に大切な人にありがとうと言いたくて必死に電話した。

立ち止まっている暇なんて無い。横道にそれている暇も無い。まだまだやりたい事が沢山ある。

故郷の友達から、大阪の友人から、オーストラリアの友人から安否確認のメールが来たときは嬉しく思った。僕が家族の顔を頭に浮かべたように、彼らもまた僕の顔を思い浮かべてくれたはずだ。

今ここに命あることを感謝しなければならない。そして遣り残したことを全てやらなければならない。
決意新たに今を生きる。僕は今ここに生きている。

2011年12月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31